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大阪高等裁判所 昭和49年(う)1206号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の証人吉本恵則、当審の鑑定人山沢吉平に支給した分を除く、原審及び当審の訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木下肇、同浅野博史、同上野勝、同高野嘉雄共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官岡田照志作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意四(昭和四五年一二月一九日午後一時三〇分に高田キネマ前で行われた無許可集団示威行動に関する主張)について、

論旨は、要するに、原判決が「部落差別に対する糾弾活動としての集団による抗議、説得ないし呼びかけ等の行動は、差別根絶のため必要有効な一手段として正当化されうるものであり、たやすくこれを違法視すべきものではない」とした以上、高田キネマ前での被告人らの糾弾行動について、これを正当な行為と認め、これに対する警察官らの規制、排除を違法とすべきであるのに、そうは判断せずにこれを適法であると判示しながら、その理由を掲げていないのは理由不備ないし理由齟齬の違法を犯したものである、仮りにそうでないとしても、警察官らの右規制、排除を正当な制止行為であるとしたのは、事実を誤認したものである、というのである。

そこで検討するに、原判決は、被告人らの高田キネマ前における無許可集団示威運動を適法なものとしなかったことやこれに対し警察機動隊の執った措置を違法、不当なものとしなかったことの理由を特に説示していないけれども、原判示のような経過でそれから二時間余後に被告人らの行った無許可集団行進に対し警察機動隊が執った制止措置の際に発生した本件公務執行妨害行為の成否を判断するについては、本件の経過にかんがみれば、右高田キネマ前における無許可集団示威行進やそれに対する警察の措置の適否は直接の関係はなく、したがってその適否の判断も判断の理由も特に説示することを要しないことがらであると考えられるから、右理由を示さないことが理由不備、理由齟齬となることはない。

そして、原判決挙示の関係証拠によると、原判示のとおり、被告人らは、昭和四五年一二月一九日午後一時二〇分頃から高田キネマ前において映画「橋のない川(第二部)」の上映阻止を唱え、大和高田市条例一三号「集会集団行進及び集団示威運動に関する条例」、(以下本件条例という。)一条の許可を得ることなく、集団示威運動を行い、そのため同三〇分頃機動隊員達により、同条例四条に基づき、無許可集団示威運動に当るとして約六〇メートル離れた通称大国町交差点南東角歩道上に移動させられたことが認められる。しかるところ、無許可の集団示威運動は、それが届出さえすれば許可される性質のものであるとしても、それ故に届出をしないのに許可を受けたと同一の効果をもち得るものでないことはいうまでもないところであって、単に許可申請手続をしなかったという点で形式上違法であるばかりでなくそれ自体実質的違法性を有するものであることは最高裁判所の判例の示すところであり(最高裁判所昭和四一年三月三日第一小法廷判決、刑集二〇巻三号五七頁、同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決、刑集二九巻九号七七七頁、同五二年五月六日同小法廷判決、刑集三一巻三号五四四頁)、右法理は集団示威運動の目的の如何によって適用を異にするいわれはないから、高田キネマ前で行われた本件無許可の集団示威運動が部落解放運動の一環として映画「橋のない川(第二部)」の上映阻止を目的としたものであっても、それが無許可で行われた以上違法性に欠けるところはない。そして、右条例四条によると、かかる違法行為に対してはこれを是正するに必要な所要の措置をとり得るものであるところ、証拠上認められる高田キネマ前の道路の状況、交通状況、被告人らの集団行動の状況、警察側と被告人らの対峙状況、被告人らに対する警察側による警告、これに対する被告人らの応待状況その他諸般の状況に徴すると、被告人らの無許可集団示威運動による違法状態の是正手段として、被告人らの集団を高田キネマ前から約六〇メートル南方の歩道上へ移動させた警察機動隊の行為は、右四条によって許容された措置と言わざるを得ず、これを違法、不当とすべき理由はない。そうすると、原判決が、高田キネマ前における被告人らの無許可集団示威運動を制止するために警察機動隊が執った措置を違法、不当であるとしなかったことに誤りはない。

論旨は理由がない。

控訴趣意六(罪となるべき事実に関する主張)のうち理由不備の点について、

論旨は、要するに、原判決は、証人粢田康幸、同田中幹員、同横谷稔男の各供述記載によって、被告人が左手で井手正美巡査の左肩胛部を強く突いた、との事実を認定しているが、右各供述記載については、弁護人がその信用性を争っているのに、これについて何の判断も示さないまま右証拠を証拠の標目に挙示したのは、理由不備の違法を犯したものである、というのである。

しかしながら、有罪判決には、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示せば足りるのであって(刑事訴訟法三三五条一項)、証拠の信用性などの評価に関する判断は一々これを示すことを要しないところであるから、所論のごとき証拠の信用性等を争う主張に関する判断を示さなくとも理由不備となるものではない。

論旨は理由がない。

控訴趣意一(原判決の部落差別についての判断に関する主張)について

論旨は、要するに、本件は差別映画「橋のない川(第二部)」に対する糾弾行動の過程で生起したものであって、部落差別の糾弾こそが被告人の当日の全行動の目的であったのであるから、被告人の本件行為の正当性や動機、目的に対する判断を示す上において部落差別に対する判断を示すことが必要不可欠であるのに、部落差別に対する何らの判断をも示さなかった原判決は、部落差別は存在しないと判断したと解されるが、これは判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認を犯したものといわなければならず、又、部落差別の事実は本項以外の主張事実と一体となって刑事訴訟法三三五条二項の法律上犯罪の成立を妨げる主張を構成するから、部落差別の事実の判断をしないことは右条項の主張に対する判断をしなかったこととなり、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反を犯したものである、というのである。

そこで検討するに、関係証拠によると、被告人らは、原判示のとおり、映画「橋のない川(第二部)」が部落差別を助長するものであるとし、その上映阻止を唱えて、昭和四五年一二月一九日午後零時頃から近鉄大阪線大和高田駅前に順次集合し、二〇数名が一団となって右駅前で集会を行ったうえ、約二〇〇メートル離れた高田キネマ前まで一団となって行進し、午後一時二〇分頃同キネマ前に至り、同キネマの要請で警備出動していた多数の警察官の面前で、しかも警察側現場指揮者の解散警告を無視して、同キネマにおける前記映画の上映阻止のためのアジ演説、ビラ配布、シュプレヒコールなどの集団示威運動を行ったため、同午後一時三〇分頃同所より約六〇メートル南方の通称大国町交差点南東角歩道上へ機動隊によって移動させられたが、同所でも集会を開くなどして右映画上映に対する抗議行動を続け、ついで午後四時過頃から、被告人ほか二名が各自旗を手にして先導し、それに続く集団は三列縦隊となって、シュプレヒコールを繰り返しながら右歩道上から交差点内に進出し、交通信号及び交通状況を無視して右交差点内で無許可集団行進を開始したため、警備に当っていた機動隊指揮者から本件条例等に違反するとして集団行進をやめるよう数回にわたる警告を受けたのに、これを無視してなおもジグザグ行進を続けたため、機動隊により制止規制を受け、ついで並進規制により前記歩道上に押し上げられたが、更に右歩道から東へ集団行進を続けようとしたので、機動隊が先頭の被告人ら三名と後続の集団の間に割って入った形で右集団の行進を阻止し、これを歩道上に留めるため圧縮規制を開始したものであることが認められ、本件公訴事実は右規制中の機動隊員に暴行を加えて、その職務の執行を妨害するとともに傷害を負わせたというのである。

ところで、部落差別の実態や歴史は社会的には重要な事実であり、部落解放運動や部落差別に対する抗議行動を理解するうえではもとより大切な事実ではあるが、右に認定した事実関係のもとにおける本件公務執行妨害罪等にとっては、所論の部落差別に関する諸点は、犯情として斟酌されるべきものであることは勿論であるとしても犯罪の成否には直接の関係がないから、右所論の点は特に判断することを要すべき事項に当らない。原判決がこの点について特に明示的判断をしていないことは所論のとおりであるけれども、その故に原判決が部落差別は存在しないものと判断したことになる訳のものではないのはもとより、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を犯したことになるものでもない。又、記録を精査し原審における審理の経過や弁護人、被告人の主張を検討すると、本件公務執行妨害行為について、原審において警察官の職務ないし職務執行の適法性を争う趣旨の主張がなされ、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の項において右主張を排斥したことが認められるが、右主張は訴因事実を積極的に否認するものにすぎないから刑事訴訟法三三五条二項所定の主張には当らないし、他に右条項所定の主張と目すべきものもないから、原判決には右条項の違反はない。

論旨は理由がない。

控訴趣意二(映画「橋のない川(第二部)」の差別性に関する主張)について

論旨は、要するに、原判決は映画「橋のない川(第二部)」が差別映画であるとの判断を示していないが、そうした原判決の態度は右映画の差別性を否定したか、或いは意図的に差別性の判断を回避したものであるところ、前者であるとすれば本件行為の正当性の前提事実に関する事実誤認であって判決に影響を及ぼすことの明らかなものであるし、後者であるとすれば裁判所の有する責務を放棄したものであって、憲法三一条、三二条、三七条一項に反し、刑事訴訟法三七九条に違反するし、少くとも同法三三五条二項の法律上犯罪の成立を妨げる主張に対する判断をしなかったものとして同法三七九条に違反する、というのである。

よって案ずるに原判決を検討すると、原判決は右映画の差別性を特に否定しておらず、この点について格別の判断を示していないことが認められるが、この点が本件公務執行妨害、傷害の正当性の前提事実をなすものとは認められないから、特にこの点について判断を示さなかったからといって事実の誤認に当らないのはもとより裁判所の責務を放棄したものであるとは言えない。即ち、本件事案の経過、内容に徴すると、右映画の差別性の有無の問題は、被告人らの行った無許可集団行動の動機、目的に関する事項ではあっても、本件公務執行妨害罪の直接の動機、原因をなすものではないし、又、たとえ右映画が差別映画であるとしても、そのことの故に無許可集団行動の違法性が阻却されるわけでもなければ、本件公務執行妨害罪の違法性が阻却されるわけでもないから、右映画の差別性如何につき原判決が何の判断も示さなかったことが刑事訴訟法三七九条の訴訟手続の法令違反になることはない。

論旨は理由がない。

控訴趣意三(映画「橋のない川(第二部)」上映強行及び「文化会館事件」に関する主張)について、

論旨は、要するに、映画「橋のない川(第二部)」の上映強行は日本共産党が解放運動に分裂を持込む意図のもとに行ったものであり、かつ又本件に先立つ奈良県文化会館での右映画の上映に際し起った上映推進派と上映反対派との紛争は前者による後者への襲撃であったのに、原判決がこれらの点を認定しなかったのは、被告人の行為の正当性の判断の前提事実に関する事実の誤認であって、判決に影響を及ぼすことの明らかなものである、というのである。

しかしながら、本件事案の経過、内容に徴すると、所論の各点も又本件の無許可集団行動を正当化する事由となり得るものでもなければ被告人の本件公務執行妨害を正当化する事由となり得るものでもないし、更には所論のように断ずるに足りるだけの証拠もないから、所論のように認定しなかったことが判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認であるとはなし難い。

論旨は理由がない。

控訴趣意五及び七(通称大国町交差点における集団示威行進の正当性に関する主張)について、

論旨は、要するに、(一)いわゆる通称大国町交差点における集団示威行進(以下本件集団示威行進という。)が映画「橋のない川(第二部)」に対する糾弾行動であると同時に高田キネマ前における被告人らの集団行動を排除した警察の差別的介入行為に対する糾弾行動でもあるのに、原判決が前者の認定をしただけで後者の認定をしなかったのは、正当事由判断の対象となる重要な事実に関する認定を誤ったものであって、判決に影響を及ぼすことの明らかなものである、(二)原判決は、「本件集団行進は、前記のとおり映画『橋のない川(第二部)』が部落差別を拡大助長するものである等との認識に立ち、その上映に対する抗議行動の一環としてなされたものであって、部落差別に対する糾弾活動としての性格を有したことは明らかである。そして一般に部落差別に対する糾弾活動としての集団による抗議、説得ないし呼びかけ等の行動は、差別根絶のため必要有効な手段として正当化されうるものであり、たやすくこれを違法視すべきものではない。」としながら、本件集団示威行進の正当性を否定したのであるが、そうであるならば、いかなる構成要件該当行為につき糾弾行動としてどのような方法、態様のものが正当化されるかを明らかにしなければならないのに、これをしなかったのは判断の脱落ないし判断の誤りである、(三)そして、又、本件集団示威行進が差別映画の上映に抗議するという極めて重大かつ崇高な問題をもってなされたものであり、人数も僅か二〇名位にすぎず、交通に対する障害も軽微であり、その他全く実害がなかったこと等を総合して判断すれば、本件集団示威行進こそ正に正当行為として違法性が阻却されるべきであり、まして本件集団示威行進が当日の警察部隊の差別加担行為に対する抗議行動に変化して行った以上、右行進につき法令上必要な許可手続を執る時間的余裕のないことは明らかであるから尚のこと違法性は阻却されるべきである。そうすると、本件集団示威行進の正当性を認めなかった原判決は刑法三五条の解釈適用を誤ったものである、というのである。

論旨(一)について検討するに、既に述べた本件事案の経緯、内容に徴すると、本件集団示威行進の目的の如何は無許可集団示威行進の違法性を阻却するものでもなければ、被告人の本件公務執行妨害の罪の違法性を阻却するものでもないから、本件無許可集団示威行進の目的を認定しないことが判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認となることはない。そして、又、高田キネマ前における被告人らの無許可集団示威運動に対する警察の規制が本件条例による適正なものであることは既に述べたとおりであるから、これと異る前提に立ち差別的介入行為であるとする所論も採り得ない。

論旨(二)について検討するに、原判決は結論において本件集団示威行進の本件公安条例上の違法性を認めているところ、本件事案の内容にかんがみれば、敢えて所論の点までも明らかにしなければ右行進の違法性の有無を判定し得ないものとは解せられないから、その判断をしなかった原判決に所論の誤りはない。

論旨(三)について検討するに、既に説示のとおり、無許可集団行動は、無許可であること自体によって本件条例上形式的にも実質的にも違法性を有するものであるうえ、本件集団示威行進は証拠によると、原判示のとおり、二〇名余の集団が三列縦隊となって、人車の交通のかなり頻繁な交差点内を、交通信号及び交通状況を無視し、更に警察の中止せよとの再三の警告をも無視してジグザグ行進をし、機動隊によって交差点南東角歩道上へ規制された後もなお隊列を組んで東進し車道へ進出しようとしたものであるから、被告人らの本件集団示威行進はその目的如何にかかわらず違法なものであって、所論のような目的を有するからといって、正当な表現活動として本件条例上の違法性を阻却すべき理由はない。したがって、本件集団示威行進の正当性を認めなかった原判決には刑法三五条の解釈、適用を誤った違法があるとは認められない。

以上各論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意六(罪となるべき事実に関する主張)のうち事実誤認の点について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が左手で井手正美巡査の左肩胛部を強く突いた、との事実認定をしているが、これは信用性のない証人粢田康幸、同田中幹員、同横谷稔男の各供述記載や診断書、社会保健診療録などによって事実認定をしたものであって、事実を誤認したものであり、被告人は無罪である、というのである。

そこで、検討するに、所論指摘の原審証人粢田康幸、同田中幹員、同横谷稔男の各供述のほか同じく原審証人井手正美の供述を併せ考えると、原判示のとおり、被告人が井手正美巡査の左肩胛部を左手で強く突く暴行を加えたことが肯認されるのであって、この事実認定に所論の違法はない。所論は、右粢田、田中、横谷の三証人の犯行当時の位置から考えると、右各証人は被告人の左手の動きや、それが井手巡査の左肩に当る状況などが見えない筈である等と主張し、右各証人の供述を種々論難するが、右各証人の供述と司法警察員作成の昭和四五年一二月二二日付現場写真撮影報告書中の一八ないし二〇枚目の写真によると、右各証人が被告人の行動を目撃できないとは考えられないばかりでなく、特に横谷証人は被告人の移動に従い位置を変え終始被告人の行動を注視していたことが窺えるから、右三証人が被告人の前記暴行を目撃したことは動かし難いところであり、三証人の目撃状況に関する細部における若干の供述の喰い違いは、当時の混乱した現場の状況と右暴行がとっさの出来事であることに徴すると、むしろ自然なことであって、右各証人の供述の信用性を阻害するものではない。又、記録によると、起訴状では左手拳で突いたとなっているのに、原審証人吉本恵則が、井手巡査の左肩胛部の傷害は手拳でなく手掌によるものであると証言した後に尋問を受けた右三証人がいずれも被告人が左手掌で突いたと証言したことが認められるけれども、右各証人が通謀してことさらに、作為的に虚構の事実を述べたものであるとは認められないところである。更に、医師吉本恵則作成の井手正美に関する昭和四五年一二月二〇日付診断書に同年一〇月二〇日付の警察の受付印が押されていることや、押収の吉本病院作成の井手正美の社会保健診療録の表面の診療開始日欄の昭和四五年一二月二〇日の「20」の文字及び裏面の初診日欄の「20」の文字がいずれも訂正の結果「20」となっていること(元の文字は不明)も、診断書の受付印の日付と社会保健診療録の「20」の文字の間に何の関連もないこと及び診断書を作成した吉本医師の供述並びに診察を受けた井手巡査の供述から考え、それらが作為的になされたものとは解し得ず、単なる誤印であり、誤記の訂正であると解されるのであって、受診日及び診断書作成日はいずれも昭和四五年一二月二〇日と認めるのが相当である。したがって、これらの点も前記三証人の供述の信用性を否定する理由とはなり得ない。

その他所論が縷説するところに照らし記録及び当審の事実調べの結果を検討しても、被告人が左手で井手巡査の左肩胛部を突いたとする原判示認定が事実誤認であるとは認められない。

論旨は理由がない。

次に、原判決は、被告人の右暴行の結果、井手巡査が加療約三日間を要する左肩胛部打撲傷を負った旨認定しているので、当審における事実調べの結果に基づく弁護人らの弁論にかんがみ、職権をもって右傷害の事実の存否につき検討するに、前記診断書には、「左肩胛部打撲傷。左肩胛部に軽度の圧痛あり、骨折、内出血その他は認めず。約二日間の加療で治癒するものと考えます。」との記載があり、前記社会保健診療録には、傷病名として「左肩胛部打撲傷」、原因、主要症状等として「昨日突かれた、」「Dr.S(±)」(軽度圧痛)、「etwas geroted」(やや赤い)、「3.5×4.0cm groβ」(三・五センチメートル掛ける四・〇センチメートルの大きさ)、診療実日数欄に「2T」(二日)等と記載されており、これらと原審証人吉本恵則及び同井手正美の各供述だけからすると、骨折や内出血等はないけれども軽度の圧痛を伴い患部がやや赤くなった左肩胛部打撲傷の存在が一応肯認し得るものの如くである。しかしながら、当審鑑定人山沢吉平及び当審証人吉本恵則の各供述をも併せ更に検討すると、右傷害の発生については多大の疑問が生じるのである。即ち、右各供述によると、一般的な医学用語としては、皮下組織の破壊に伴って破壊された毛細血管からの皮下、皮内の組織への出血である内出血と、真皮或いは皮下脂肪の毛細血管の膨張による発赤とは区別されて用いられており、医師としては、内出血によって赤くなっている症状をカルテに単に「赤い」とだけしか書かないこともないではないけれども、一般的には内出血と発赤を区別してカルテ等に記載するものであること、吉本恵則医師の受けた医学教育においても内出血と発赤は右と同様に区別されて用いられていたこと、「発赤」は一般に三、四時間で消失するするものであって、二〇時間も残ることはまず考えられないのに対して、「内出血」は初めは赤色であるが一日位経過すると暗赤色に変わり、ついで黒色から緑色ないし黄色になり受傷後一週間ないし一〇日間で消失すること、内出血を伴う打撲傷の治療日数は最低五日間から一週間と書くのが普通であること、したがって内出血を伴う場合には約二日間(受傷日を入れると三日間)の加療で治癒するという診断は考え難いことなどが認められる。そうすると、「内出血はない。やや赤い。」などとある診断書、社会保健診療録の記載を素直に解釈すると、それは右の「内出血」ではなく「発赤」が存在するとの診断がなされたと一応認められるのであるが、そう解すると、発赤が二〇時間も残っていることになる点で前記の発赤は三、四時間で消失するということと矛盾が生ずる。したがって、本件における患部の赤味を発赤とも認めることはできない。それでは、これを内出血と解することができるかというに、これについて、右吉本医師は、原審証人として、皮下には出血も何もない、赤味(周囲との間に大きさを計れる程度の色の差がある。)を帯びていて、そこを押えると痛いということから骨を除いた皮下組織、筋肉、腱、そういうものを指していう軟部組織がある程度損傷を受けたことによって赤味そして痛みが起ったと判断します、診断書に約二日間の加療で治癒すると書いたのは、それで痛みが取れるということです、と述べ、一応「内出血」を否定する趣旨にとれる供述をしていたのに対し、当審証人としては、診断書にいう内出血というのは血腫をいい、発赤と区別された意味の内出血ではない、当時視た患部の赤色の色調はややまばらな暗い感じの赤味であったと述べ、意味の取りようによっては「内出血」が存在したかの如き供述をしているが、右供述部分は診断書、社会保健診療録の記載からは到底窺えない内容であるし、当審における同証人の供述によると、同医師は右診断書が刑事事件の資料に供されることを知っていて、詳しく書いて欲しいとの要望に応じ普通より詳しく診断書の記載をしたというのであるから、その診断書が一般の用語例と異なる用語法によって記載されているとは考え難いところであり、又、山沢鑑定人の供述によると、一般に空手チョップ位の非常に強い力が加われば格別、単に左手で肩胛部を突くことによっては肩胛部の皮膚の厚さより考えて内出血は出来難く、更に冬期に制服を着用した機動隊員の左肩胛部を衣服の上から突いたというのであれば、内出血はおろか発赤すら出来難いということであり、以上のほか吉本証人の原審供述と当審供述の間に重要な喰い違いのあること(患部の色調、内出血の有無、井手正美が警察官であることや受傷状況更には診断書の使用目的等についての認識の有無について)などに徴すると、内出血があったとする当審における吉本証人の供述はたやすく措信できないところといわねばならない。したがって、内出血の存在を認めることには躊躇せざるを得ない。そして、又、既に述べたように、本件暴行後二〇時間も経過した後に本件暴行による発赤がなお存在したとすることにも山沢鑑定人の供述に照らし、矢張り疑問が残り、これを認めることにも躊躇を覚えざるを得ないのである。以上、発赤、内出血のいずれを認定するについても疑問は解消せず、そして疑問が残る以上、結局、そのいずれをも認定する訳には行かないものと言わざるを得ない。

最後に、軽度圧痛の点であるが、山沢鑑定人によれば、圧痛というのは皮下にある筋肉又は腱の組織の挫滅その他組織の損傷と炎症を伴うものである、又、通常考えられる左手で突くという力によっては圧痛を伴う発赤は生じないのではないかと思う、内出血を伴わず圧痛だけが二、三日残るような打撃は考え難い、などと供述しているところ、本件においては前述のとおり発赤の存在も内出血の存在もこれを肯認するには疑問のあるところであり、更に本件の軽度圧痛というものは、前記診療録にその軽度が「十一」(プラス、マイナス)という記号で表記されているようにその程度も極めて微妙なものであって、この点、患者の感ずるところ、或いは訴えるところがかなり主観的なものであり、又心理的な影響にも左右されやすいこと、その他諸般の事情を総合し、前記認定の経過に徴して勘案すると、内出血も、発赤も伴はない軽度の圧痛が存在したとすることについても、なお疑問の余地があるものと言わざるを得ない。

以上のとおりであるから、結局、左肩胛部打撲傷の存在についてはこれを肯定するには疑問が残り、合理的疑いを容れる余地なきまでの証明があったとは認め難い。したがって、原判決は、左肩胛部打撲傷の存在を認定した点において、事実を誤認したものというべきであり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点において原判決は破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条によって原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四五年一二月一九日午後四時過頃、奈良県大和高田市北本町六番二四号先通称大国町交差点付近路上において、約二〇数名の仲間とともに、公安委員会の許可を受けないで集団行進を行ったため、奈良県警察本部警備部機動隊によって、大和高田市「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」に違反するものとして、実力規制を受け進行を阻止されたことから、右規制措置に従事中の同機動隊巡査井手正美(当二一年)の背後からその左肩胛部を左手で強く突く暴行を加え、もって同人の職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)《省略》

(確定裁判)

被告人は、昭和五二年三月二八日、大阪高等裁判所において、建造物侵入、公務執行妨害、傷害罪によって、懲役八月、執行猶予二年に処せられ、右裁判は同年四月一二日確定したものであり、右事実は被告人の前科調書によりこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法九五条一項に該当するところ、右は前記確定裁判を経たる罪と同法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示公務執行妨害罪について更に処断することとし、所定刑中懲役刑を選択しその所定刑期範囲内で被告人を懲役二月に処し、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。原審及び当審証人吉本恵則、当審鑑定人山沢吉平に支給した分を除く原審及び当審の訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

尚、本件公訴事実中傷害の点についてはその証明がないが、右は判示公務執行妨害罪と科刑上の一罪をなすものとして起訴されたものと認められるから、主文において無罪の言渡しをしない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村哲夫 裁判官 野間禮二 笹本忠男)

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